ヒトリゴト | Celtic + New Age | Official Site of Eastern Bloom

>>> ヒトリゴト:新しい学校    

2016.06.30 updated.
私が高校位の頃だったろうか、「自然いっぱいの中に学校があって、そこで子供たちが森の中で遊び、森からいろんなことを学び、木造の素敵な校舎で自由に楽しく学べる学校があったらいいのに。そんな学校、いつか作れないかな」なんて、母に語ったことがある。学校を作るなんて、大それたことを。

でも、この想い、出来ることから実現してみようかなんて思い始めている。
先日たまたま本屋さんで「窓ぎわのトットちゃん」を手に取った。この自由さ、子供たち一人ひとりがそのまんまに受け入れられている感じ。こんな風に子供たちも伸び伸びと学校生活送れたらなぁと思ったり。

子供が不登校になったことにより、同じく不登校の子供を持つお母さんと話すようになった。トットちゃんのように、一般の学校が合わない子にも素敵な学びの場を!と思うようになった。この辺りに無いなら、小さく小さく、出来ることから始めてみようか。学校というか、いわゆるフリースクール。でも、不登校の子供が集う学校というより、一つの選択肢としての新しいタイプのスクールという感じがいいな。

那須の自然の中で、生き生きと、自由に学べるスクール。自分らしさを大切にしてくれる、感性豊かに育む、音楽、芸術にあふれたスクール。読み書きそろばんなど、最低限のことは楽しく学べるようにしよう。不登校の子供を持つお母さんたちは、勉強は要らないという方も多いみたいだけれど、私は、本来「学ぶ」って楽しいことだと思っている。せっかくの人生、子供たちが楽しいと思える学びが提供できるといいな。そこに子供たちの可能性が眠っているかもしれない。子供たちで話し合って、定期的に色んな企画をしてみてはどうか。皆で石釜作って、皆で畑で育てた野菜を使ってピザを焼こうとか。音楽や芸術、表現のワークを取り入れよう等々。。想いは膨らむ。

とにかく、子供たちには、ありのままの裸んぼうの自分に自信を持って欲しい。理由なんて必要なく、自分は素晴らしい!私は沢山の人に愛されている!そのゆるぎない自信を持って、世の中に出て行って欲しい。その先、どんな困難が待ち受けていても、あることに挫折しても、この頃に培ったこの根本的な自信があれば、生きていけると思う。学校にこれを求めるのはどうかという意見もあるが、私は、少人数で、一人ひとりにこの意識で関わることができれば可能だと思うし、そんな学校、あるといい。

一人で出来ることはほんの僅か。でも、色んな人たちの想いや力が集まれば、きっと素敵な場所を作ることができると思う。
今、数名のお母さんたちと語り合い、想いを膨らませているところ。その想いが磁石の様に沢山の人の力を引き寄せていくのではないかと思っている。小さい小さいところから、出来ることから。でも近い将来、この那須に、素敵な子供たちの学びの場が誕生しているかもしれない。

全ての子供たちが、生き生きと大きくなり、生き生きと自分の人生を生きていけますように。大げさかもしれないけれど、そんな大人たちが作り上げる未来は、もっともっと活気や喜びにあふれた世の中なんじゃないかと思う。

(小島美紀)

>>> ヒトリゴト:不登校    

2016.06.29 updated.
うちの子供たちは、現在不登校中。
上の子はもう1年近く学校に行っていない。

不登校の子は決してダメな子なんかじゃなく、不登校の子の親が決して皆ダメ親なんかじゃなく、ただ、自分を強く持っている子だったり、感性が豊かな子だったりするだけなんだ。だから、その個性を削ったり、押し込めたりせず、その子を信じて、恐れずその子なりの人生を歩ませてあげよう。その生き方を社会でも認めてあげて欲しい。そんな想いでこのヒトリゴトを書いている。

学校に行くのが当然の世の中にあって、上の子が学校に行かなくなるまでの過程は、今考えると相当痛々しい。
始め、上の子が学校に行くのが辛くなった時、私は「中学校まではちゃんと通っておいた方がいい。逃げてもだめ」等と言ってなんとか通わせようと頑張った。理由を探り、それを解決すれば通えると思っていた。しかし、そんな単純なことでは無かった。無理に行かせた結果、子供は顔は蒼白、夜は眠れず、学校に行けば冷や汗をかき、吐く、アトピーは悪化し血だらけ汁だらけになった。ここまできてやっと、「学校、休んでいいよ」といってあげることができた。なんでここまでボロボロになるまで頑張らせてしまったのだろうかと、今ではとても後悔している。

ちなみに、下の子が学校に行かなくなってしまった時、「まだそこまで行ってないと思う」という意見もあった。しかし、そこまで行くと、再び立ち上がることができるようになるまで、下手すると何年もかかることになる。

学校に通えなくなるのは、9割がた家庭に問題があると言っている人もいる。確かにそうなのかもしれない。
我が家はいたって平和だけれど、愛情不足なのかも、過干渉なのかもと色々悩んだ。しかし、完璧な親なんてどこにもいないと思う。とはいえ、こんなことがあったお陰で、前よりずっと子供たちに向き合うようになった。あなたはあなたのままでOKと思えるようになった。これはある意味よい機会だったと思う。

そして、今思うのは、「とにかく、誰のせいでもない、この子はこの環境には合わなかったのだ」ということ。
明るい家庭、温かい家庭、賢い親の対応があれば、それも耐えていけたのかもしれないが、私は学校は修行の様に耐える場所ではないと思う。考え方は様々あると思うが、私は、子供たちにこの人生、耐えて耐えて生きていくのではなく、生き生きと、喜びいっぱいに生きていって欲しいと思っている。考え方次第、気持ち次第で、どのような環境でも楽しいものに変えることはできるとは思うが、年齢的にもそれが難しかったりする場合は環境を変えることも大事。あと、通えない、耐えられない子を、「ダメな子」「ワガママな子」とレッテルを貼るのは絶対賛成できない。

今、不登校児が非常に増えている。昔に比べ、自分を持った子が増えているのかもしれないし、ちょっと変わった子、ちょっと感受性の強い子は居辛い学校環境なのかもしれないし、理由は私にはよくわからない。でも、いずれにしても、学校も多様性が求められる時代になってきたのではないかと思う。残念ながら、私の住む那須町には公立の小学校、中学校しかない。もっと色んなタイプの学校から自分にあった学び方、環境を選ぶことができたら。。。とつくづく思う。

色々悩み、考えもしたけれど、今は、この子達、人生のレールから脱線したわけではないと思っている。むしろ、自分なりの人生を歩み始めたのだ。せっかくだから、自由に生き生きと羽ばたいて欲しいと思っている。親として、そのサポートをしてあげたいと思う。まだまだ時間はかかりそうだけれど、焦りは禁物。

すべての出来事は必然であり、完璧なタイミングで、完璧に起こっていると昔学んだことがある。先日友人と話してそのことを思い出した。この出来事も、子供にとって、自分にとっても、人生において完璧な流れなのだと思う。だから、この先にはきっと素晴らしい未来が待っている。確かに、子供が学校に行かなくなったことで、沢山のことを学んで、沢山の人たちに助けられ、色んな出会いがあった。

どんなことも、良い、悪いと判断せず、まず受け入れるということもその友人に学んだ。そして、子供たちを丸ごと「大丈夫」と信頼するということも。そう思ったら、とっても気分が楽になった。どんな道を子供が選ぼうと、大丈夫!その信頼があれば、きっと子供たちは自分らしい人生を、生き生きと生きていけると今は思う。

不登校になることで、不安を抱える子、親御さんたち、たくさんいると思うけれど、大丈夫!道はいくらでもある!むしろ、「君たち、なかなかやるな!」「実は、君たちの未来は無限で明るい!」とすら思っていいる^^不登校児は、実は全然かわいそうなんかじゃないんだよ^^

最後に、悩んでる私の話を沢山聞いてくれ、助けてくれる友人たち、子供のために親身になってくださっている先生方に感謝!これからも、私たち親子を応援してくださいね!

(小島美紀)

>>> ヒトリゴト:気分をクリスマスにする。    

2016.06.11 updated.
毎年、寒さを感じ始めるようになるとクリスマス・キャロルを歌う私たちですが、CDなどで聴きたいという要望もあり、音源化を開始しました。

寒さどころか暑さを感じ始めている今日この頃。
夏が近づいているというのに、気分をクリスマスにする!

コーラスワークを考えてます。
4声。何人で歌おうか。
あの人やこの人に手伝ってもらおうか。。

南半球のクリスマスはこんな気分なんだね。
Merry X'mas in summer.

(Eastern Bloom)